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東京家庭裁判所 平成元年(家)3673号 審判

申立人 小池憲孝

相手方 有田純江

主文

平成元年9月以降、当事者間の東京法務局所属公証人○○作成昭和61年第××号養育費その他に関する契約公正証書中、第二条・一を「長女博子、二女明子及び三女典子の養育費として、1人当たり毎月金7万円あて支払うものとし、同各金員を同各児がそれぞれ成年に達する月まで毎月末日限り支払う。」旨変更し、第二条・二に基づく申立人の相手方に対する、同各児の入学、結婚、病気その他の事故等による臨時出費の負担義務を免除する。

理由

1  本件申立の要旨

申立人と相手方は、昭和47年1月4日婚姻し、同61年9月3日協議離婚したが、これに先立つ同年7月29日、東京法務局所属公証人○○作成同年第××号養育費その他に関する契約公正証書(以下「本件公正証書」という)でもって、「離婚に当たり、双方間の長女博子、同二女明子及び同三女典子の親権者・監護者をいずれも相手方と定める(第一条)」、「養育費は、3子分として昭和61年8月より同64年8月まで20万円あて、同年9月より長女、二女、三女が満23歳に達するまで毎月末日限りそれぞれ10万円あて計30万円を支払う。但し、昭和64年9月以前に申立人が海外勤務となった場合は、その月よりそれぞれ10万円計30万円とする(第二条・一)」、「養育費の他子の入学、結婚、病気その他の事故等により臨時出費あるときは原則として申立人の負担とし、双方協議の上別途相当額を相手方に支払うものとする(第二条・二)」旨それぞれ約した。しかるに、その後以下の如き事情の変化が生じた。

即ち、申立人は、昭和61年11月11日石田温子(以下「温子」という)と婚姻し、他方、相手方も同63年2月5日有田春夫(以下「有田」という)と婚姻した。しかして、有田は、昭和63年3月14日、前記3児と養子縁組をした。

申立人は、本件公正証書の約定に基づき養育費の支払を履行してきたが上記のような申立人の再婚等による事情の変更が生じたため、これの履行が極めて困難となってきたので、当該養育費の支払の免除ないし少なくとも相当の減額を求め、本件申立に及んだ。

2  当裁判所の判断

(1)  本件調査・審理の結果によれば、以下の各事実を認めることができる。

ア  申立人と相手方は、昭和47年1月4日婚姻し、両名間に、長女博子(昭和49年11月17日生)、二女明子(同54年3月17日生)及び三女典子(同57年5月30日生)(以下、3児全員について「未成年者ら」と称す。)が出生したが、双方間に不和を来したため、同61年9月3日、未成年者らの親権者を相手方と定めて協議離婚した。

イ  申立人と相手方は、協議離婚に先立つ昭和61年7月29日、未成年者らの監護・養育に関し、本件公正証書において、前記申立の要旨中に掲記した第一条、第二条・一及び第二条・二のとおり合意した(以下、第二条・一及び第二条・二の両事項を指して「本件合意事項」という)。

ウ  その後、申立人は、昭和61年11月11日温子と、相手方も同63年2月5日有田とそれぞれ再婚し、又、有田においては、同年3月14日未成年者らとそれぞれ養子縁組をした。

エ  申立人は、○○航空(株)のパイロットとして勤務しているが、相手方は、有田が経営する麻雀荘を手伝っているほか特に仕事にはついていない。

(2)  ところで、本件は、前記(1)イの如く、当事者双方が協議離婚するに際し、本件公正証書でもって合意した本件合意事項につき、同離婚後2年経過した時点である昭和63年9月1日に、当該合意事項に基づく養育費等の支払ないし負担義務を負う申立人よりなされたこれらの免除ないし減額申立であるが、本来、債務名義としての効力を有する書面でもってなされた約定については軽々にその変更がなされるべきでないことはもとよりのことである。しかし、当該合意がなされた当時予測ないし前提とされ得なかった事情の変更が生じた場合にこれを変更し得ることも、事情変更の原則ないし民法880条に基づき肯定されるべきである。

これを本件でみるに、前記(1)ウで認定したような申立人及び相手方双方の再婚、未成年者らと有田との各養子縁組等の事実は、本件合意事項が交わされた当時、現実問題として当事者双方共予想しあるいは前提とし得なかったと解されるのである。しかして、このような事情に伴い、申立人及び相手方双方の側の収支を含む生活状況は、本件合意事項を交わした当時と比較して相当変化しているものと考えられるので、本件公正証書で成立した本件合意事項に基づく養育費の支払ないし負担義務を現在もそのまま申立人に負わせることは、これが今後も相当長期間にわたる継続的給付を内容とするものであることにも照らした場合、客観的に相当性を失した状況になっていることは否定し得ないものと解される。したがって、この点において事情の変更を来したものと考え、当該変更の程度に応じて、以下、本件合意事項の修正を図ることとする。

なお、申立人の未成年者らに対する養育費の支払はいわゆる生活保持義務に基づくものであることに照らすと、これを全額免除することは当を得たものではなく、この点に関わる申立人の申立は容れ難いところである(但し、本件合意事項のうち、前記第二条・二については後述するとおりである。)。

(3)  本件においては、前記の如き事情の変更に即し、相当と認められる養育費減額の範囲如何を検討するわけであるから、当事者双方の現在の収支及び生活状況を対照の上、本件事案に即し合理的と思料される生活保護基準方式に則り算出された額に基づき判断することとする。

ア  本件記録中の当庁家庭裁判所調査官○○作成の調査報告書2通、申立人及び相手方各審問の結果並びにその余の資料によると、申立人及び相手方それぞれの側の収支を含む生活状況は、以下のとおりである。

(ア) 申立人は、温子(無職)と2人で肩書住所地に居住しているところ、前記(1)エの如く、○○航空(株)にパイロットとして勤務し、平成元年中、結与として1976万2849円を得ており、これから源泉徴収税額454万4099円及び社会保険料等65万4963円を控除すると1456万3787円となり、同金額を12で除した121万3648円が平均手取り月収である。

なお、申立人は、本件合意事項に基づく養育費の支払を同年5月以降遅滞させていたため、同年11月17日、相手方から、同遅滞分を含め未成年者らがそれぞれ満23歳に達する月までの養育費合計額等4460万4563円を請求債権として給料債権に対する差押えを受けた。これにより、申立人は、従前負担していた、住宅ローンその他の借受金の返済が不可能となったため、平成元年12月25日銀行から合計4500万円の融資を受け、同返済金の一部等に充てざるを得ない状況となった。しかして、上記4500万円に関わる返済額は月平均31万3333円、その他勤務先ないし友人に対するそれは合わせて13万5976円の合計44万9309円となるので(これらの返済額は、前者については平成3年以降、後者(友人の分も含めてよいと思われる)ついては同2年6月以降それぞれ見込まれているものであるが、未成年者らに対する各養育費の支払はこれからまだ相当長期にわたって行われなければならないので、本件減額の検討に当たっては、予め現時点でこれらを考慮に入れておくのを相当と解する。)、これを上記平均手取り月収121万3648円から控除すべきであり、さらにこのほか、マンション管理費月額1万1000円及び固定資産税等同6000円の合計1万7000円をも控除し、職業費として15パーセントを考慮した56万5292円が、本件養育費減額の範囲如何を検討する場合の申立人側の基礎収入と認められる。

(イ) 相手方は、有田及び未成年者らと肩書住所地に居住しているところ、前記(1)エの如く、有田の経営する麻雀荘の手伝をしているだけで職にはついていないので固有の収入はなく、生活はもっぱら有田の収入によっている。有田は、麻雀荘の経営により、平成元年12月当時月平均手取り約50万4000円を得ているところ、これから、住居費15万2000円、自動車関係費1万7000円、生命保険等掛金8万1000円の合計25万円を控除した25万4000円が、本件養育費減額の範囲如何を検討する場合の相手方側の基礎収入となる(有田については、麻雀荘自営業者という立場に照らし、職業費は特に考慮しない。)。

(ウ) 上記(ア)及び(イ)にしたがい、前掲生活保護基準方式に則り算定すると、申立人が未成年者1人につき負担すべき1か月当たりの養育費の額は、別紙算定式のとおり7万円となる。

なお、前示のとおり、本件は昭和63年9月に申立られたものであるところ、本件合意事項中第二条・一によれば、昭和61年8月より同64年(平成元年)8月までの間申立人が相手方に対して支払を負担すべき養育費の額は、未成年者ら3子分として1か月当たり20万円であるが、同金額は上記算定に基づく1か月当たりの養育費合計額21万円の範囲に含まれるので、本件減額は、同第二条・一により1か月当たりのこれの合計額が30万円となる平成元年9月をもってその始期とし、その支払いの終期は、後記イで指摘すると同様未成年者らが有田と養子縁組をしていることに照らし、各自が各々成年に達する月までとするのがそれぞれ相当である。

イ  既に認定したように、未成年者らはいずれも有田と養子縁組をしているので、未成年者らの入学、結婚、病気等の場合に必要とされる臨時出費の負担は、第一次的にはやはり、相手方と有田において考慮すべきが筋合いと解される。もとより、未成年者らの父である申立人もかかる費用の負担を全く免れるわけにはゆかない面があると解されるが、これらの費用が全て生活保持義務の範囲に含まれるとは解し難いことも考え合わせると、現時点においては、本件公正証書中の本件合意事項第二条・二に基づく申立人の義務は、これを免除しておくのが相当と思料するものである。

3  以上の次第であるので、平成元年9月以降、申立人が相手方に対して支払を負担すべき未成年者らの養育費を、未成年者1人当たり毎月7万円あてに減額したうえ、その支払いの終期を各自がそれぞれ成年に達する月までとし、かつ、申立人が負うとされてきた未成年者らの入学、結婚、病気等による臨時出費の負担義務については、これを免除するのを相当と認めるものである。

よって、平成元年9月以降、本件公正証書中の本件合意事項をその旨変更することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 石村太郎)

(別紙)

算定式(月額)

1 基礎収入

申立人側 56万5292円

相手方側 25万4000円

2 最低生活費

生活保護法の保護基準(平成元年3月31日原生省告示第85号)に準じて最低生活費を算出すると、以下のとおりである。

(1) 申立人側の最低生活費(2級地-1)

第1類

申立人(39歳)  3万1520円

妻(39歳)    3万1520円

第2類

基準額(2人世帯) 3万4590円

冬季加算(VI区) 1270円(3050円×(5÷12))

合計 9万8900円

(2) 相手方側の最低生活費(1級地-1)

第1類

相手方(39歳)  3万4640円

夫(47歳)   3万3080円

第2類

基準額(2人世帯) 3万8010円

冬季加算(VI区) 1395円(3350円×(5÷12))

合計 10万7125円

3 分担能力

分担能力は、基礎収入から最低生活費を控除した余力として算出する。

(1) 申立人の余力

56万5292円-9万8900円 = 46万6392円

(2) 相手方の余力

25万4000円-10万7125円 = 14万6875円

4 未成年者らの必要生活費

未成年者らに配分されると考えられる生活費を、生活保護基準に基づく最低生活費の比率を用いて算出する。

(1) 必要生活費

ア 申立人と同居した場合(2級地-1)

第1類

申立人(39歳) 3万1250円

妻(39歳) 3万1250円

博子(15歳) 3万7290円

明子(10歳) 2万8740円

典子(7歳) 2万5240円

第2類

基準額(5人世帯) 4万2200円

冬季加算(VI区) 1796円(4310円×(5÷12))

合計 19万7766円

このうち、未成年者らの最低生活費は次のとおりである。

第1類

博子 3万7290円

明子 2万8740円

典子 2万5240円

第2類

基準額(3人増加分) 7610円

冬季加算(3人増加分) 526円

合計 9万9406円

未成年者らが申立人と同居した場合、申立人の基礎収入が56万5292円であるから、最低生活費の比率を用いて未成年者らに配分される生活費を計算すると、

56万5292円×(9万9406÷19万7766) = 28万4140円

となる。

イ 相手方と同居した場合(1級地-1)

第1類

相手方(39歳) 3万4640円

夫(47歳) 3万3080円

博子(15歳) 4万0980円

明子(10歳) 3万1580円

典子(7歳) 2万7740円

第2類

基準額(5人世帯) 4万6290円

冬季加算(VI区) 1975円(4740円×5÷2)

合計 21万6285円

このうち、未成年者らの最低生活費は次のとおりである。

第1類

博子 4万0980円

明子 3万1580円

典子 2万7740円

第2類

基準額(3人増加分) 8780円

冬季加算(3人増加分) 580円

合計 10万9160円

未成年者らが相手方と同居した場合、相手方側の基礎収入が25万4000円であるから、最低生活費の比率を用いて未成年者らに配分される生活費を計算すると、

25万4000円×(10万9160円÷21万6285円) = 12万8194円

となる。

ウ 以上のア、イから未成年者らの必要生活費をみるに、未成年者らは申立人と同居した場合の方が高い生活程度を享受できるものと認められ、その額は28万4140円である。

(2) 分担額

上記未成年者らの必要生活費28万4140円を、3(1)及び(2)のそれぞれの分担能力で按分すると、申立人の分担額は次のとおりである。

28万4140円×(46万6392÷(46万6392+14万6875)) = 21万6089円

したがって、未成年者1人当たりの分担額は、

21万6089円÷3 = 7万2029円

となるが、本件諸般の事情に照らし、これを1人当たり7万円とするのが相当である。

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